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楽しいUMA 類人猿伝説

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ここの所、「ネッシー」「ビッグフット」と、
世界的に有名なUMA(未確認生物)を取り上げ、
これらの目撃談を中心にした話を書いてきた。

「ネッシー」「ビッグフット」と来た所で、
そのまま次の「イエティ」について書こうかと思っていたのだが、
1つ大きな問題があった。
実は、ヒマラヤに伝わる伝説の雪男「イエティ」に関しては、
かつて「雪男」という題で、すでに取り上げているのだ。
これについて改めて書く、ということになっても、
下手をすれば、前回の焼き直しのようなものしかかけないだろう。
だから今回は、「イエティ」を中心に取り上げつつも、
題名を「類人猿伝説」として、世界中に伝わっている
類人猿型UMA全般について、書いていこうと思う。

まず以前、自分が「雪男」について書くこととなった
きっかけが、あの「日本百名山」の著者として有名な
深田久弥が書いた「深田久弥の山がたり」という本である。
この第3巻は、サブタイトルを「ヒマラヤ物語」と
していることからも分かるように、
著者である深田久弥が、ヒマラヤへ遠征した体験を元にして
執筆されている。
その「ヒマラヤ物語」の中では、
まるで実在する生物の様に「雪男」について触れられ、
深田自身が、その存在を確信しているように描かれている。
彼は真面目に「雪男」の姿を写真に収めようとし、
それがうまくいけば、今回の遠征費用が稼げる、
というようなことも、その「ヒマラヤ物語」の中に記している。
「日本百名山」などでは、極めて理性的かつ知性的な文章で
山について語っている深田久弥が、全く、ごく自然に
「雪男」の存在を信じ切っているというのは、
現代人である自分の感覚からすれば、
かなり違和感を感じることであった。
当然、というか結局、深田久弥の目論みは外れ、
彼は「雪男」に出会う事なくヒマラヤ遠征を終えることになるのだが、
その後の様々な人々による「雪男」追求の調査の中で、
どうやらその正体は、ヒグマであろうということで
「雪男」の記事は結ばれることとなった。

一応、「ネッシー」「ビッグフット」の場合と同じように、
目撃談などを簡単に列挙してみると、
これが有名になったのは、19世紀の末期に
「イエティ(雪男)」のものと思われる足跡が
発見されてからである。
当時の文明人にとっては、まだまだ未開の地であったヒマラヤに
謎の類人猿が生息しているということで、
世界の人々がこれに注目した。
ある意味、この19世紀末の足跡発見こそが、
「ネッシー」の1933年、
「ビッグフット」の1967年にあたる、
ターニングポイントであったといっていい。
大方の場合であれば、世界の人々の興味は
すべてこの「イエティ」に注がれるのであろうが、
この場合だけは、大きく状況が違っていた。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、
まだ人類は、世界の最高峰の頂を踏んではおらず、
世界の人々の注目は、未確認生物「イエティ」よりも、
どこの国が、エベレストの頂を征服するか?ということに
興味を持っていた。
いわば「イエティ」は、世界の最高峰到達という
人類の夢の側にある、怪しげな添え物に過ぎなかったのである。
世界各国は、調査隊や登山隊を次々にヒマラヤに送り込んだが、
彼らが第1の目標としたのは、あくまでもエベレストの頂で、
「イエティ」というのは、そのオマケにくっついているだけで、
その探索も、あくまでも登山調査のオマケという程度でしかなかった。

ここまで不遇な立場をかこったUMAというのは、他にはあるまい。
本来なら、世界の耳目を集めていても不思議ではない
この類人猿型UMAは、各国がエベレストの初登頂を狙うという
壮大で輝かしいドラマの裏で、幾分申し訳無さそうに
広まっていったのである。
そして、この不遇な立場は、長く続いた。
何のことは無い、19世紀から続けられていた
エベレスト制覇への挑戦は、
20世紀になってもまだ続いていたからである。
この8848mの世界最高峰は、
並みいる挑戦者たちを跳ね返し続けた。
1924年、あのジョージ・マロリーでさえ、
エベレストの前に敗れ去り、文字通り帰らぬ人となった。
やがて、世界の情勢は不安定さを増し、
第2次世界大戦が巻き起こる。
当然、各国のエベレストへの挑戦は棚上げになり、
それぞれの国は、厳しい戦いを続ける中、
「イエティ」も忘れ去られた存在に成り下がっていた。
やがて、この史上最大の戦争が終わった。
徐々に力を取り戻した国々は、
再び、この世界最高峰への挑戦を始めた。
そして1953年、ヒラリーとテンジンによって
エベレスト初登頂が果たされる。
とりあえず、世界最高峰への登頂が果たされたことで、
それまでエベレストに向けられていた目は、
他に向けられることになる。
その目の多くは、まだ登頂されていない8000m峰へと向いたが、
そんな中、「イエティ」にもまた、多くの目が向けられた。
各国は8000m峰を狙う登山隊と、
「イエティ」捕獲を狙う調査隊を、ヒマラヤへと派遣した。
まさに空前のヒマラヤブームである。

深田久弥がヒマラヤを訪れた1966年には、
まだ、このときの「熱」が残っていた。
ただ、8000m峰の方は次々に征服され、
次第にその「熱」が冷めていっていたが、
「イエティ」の方は、まだ捕獲されていなかったため、
その「熱」はむしろ、高まっていたのではないだろうか?
そうした「熱」の中、「イエティ」の存在は
当たり前のこととして信じられていたのである。

実は「ビッグフット」「イエティ」に限らず、
この手の類人猿型UMAというのは、世界中で目撃されている。
もちろん、正式に捕獲されたりした例はない。
(この手のもので、本当に新発見されたものは、
 20世紀初頭にアフリカで発見された、ゴリラが最後だろう)
恐ろしいことに、この日本国内でさえ、
「ヒバゴン」や「ガタゴン」などという、
類人猿型のUMAが目撃されているのである。
(「ヒバゴン」は広島県比婆郡で、
 「ガタゴン」は岩手県山形村にいるとされる。
 どうでもいいが、日本のUMAのネーミングセンスの酷さには、
 目を覆いたくなる)
つまり、この手の類人猿型UMAは、世界中に存在しており、
そして未だに、1匹も捕獲(生死を問わず)されていない。
こういう風に簡単に結論づけてしまいたくはないのだが、
この類人猿型UMAというのは、人間にとって簡単に想像しやすい
怪物なのではないだろうか?
実際、日本の昔話や伝説を調べてみると、
「ヒヒ」と呼ばれる猿の化け物が登場している。
これらが猿と違うところは、知能が高く、人と会話が出来、
人間の女性を攫うこともあるという。
こうなってくると、むしろ猿というよりは、
「ビッグフット」や「イエティ」などに近い生物といえる。
もちろん、日本にはこの手の類人猿は存在していない。
だというのに、古くから類人猿型UMAの話があるということは、
とりもなおさず、その手の怪物が人間にとって
非常に想像しやすいということではないだろうか?
だからこそ、「猿」「熊」あるいは「人」などを
類人猿型UMAに「見てしまう」のである。

さて、話をヒマラヤの「イエティ」に戻そう。
当時のヒマラヤには、「イエティ」の話がまことしやかに伝えられ、
その身体の一部だという毛皮なども、保管されていたのだが、
後にこれらを科学的に調査してみた結果、
すべてが「クマの毛皮」であったり、「ヤクの毛皮」であった。
さらに現地の人々に詳しい聞き込みをした結果、
どうやら彼らは、ヒグマを「イエティ」と認識しているらしいことも
明らかになった。
もちろん、現在でもUMA「イエティ」の存在を
信じている人も存在するが、一般的にはすでに「イエティ」は、
その存在を否定されているといっていい状況である。
詰まる所、「イエティ」も先に書いたように、
人間の想像力が生み出した「幻」だったわけである。

そういう風に考えてみると、類人猿型UMAの話が世界中にあるのも
ある意味、当然といえば当然であり、
そのほとんどは「幻」の産物であろう。
だが、だからといって、世界中に散らばる類人猿型UMAたちが、
すべて「幻」であるとは言い切れない。
(もちろんこれは、「イエティ」に関しても言えることだが)

21世紀となった今、果たして人類は、
新たな類人猿を発見することが出来るのだろうか?

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