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宇宙戦争

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中学生の頃、学校の図書館にSF映画の本があった。

自分が中学生だったのが、おおよそ30年ほど前で、
その本は、そのときすでにかなり年期が入っていたので、
ひょっとすると、今からすると
40年ほど前の本だったのかもしれない。
未来世界を描いた映画や、時間旅行を描いた映画、
宇宙を舞台にした冒険映画や、恐ろしい宇宙生物が
地球にやってくる映画もあった。
あったのだが、それら全てのSF映画は、その当時にしても
すでに過去の遺物といっていい映画ばかりで、
コンピューターグラフィックなど、まだ存在もしていないころの
クラシックなSF映画ばかりであった。

そのSF映画の中で、もっとも興味をそそられたのが
H・G・ウェルズ原作の映画「宇宙戦争」である。
機体の上部に、潜水艦の潜望鏡のような
ミョーな突起物のある円盤が、怪光線を発射して
町を破壊している写真が掲載されており、
その写真が、妙に自分の心をとらえた。
そこには、映画のストーリーについても説明が加えられており、
それによると、火星人が円盤に乗って攻めてくるという、
非常に単純で、シンプルな説明がなされていた。

幸い、というかなんというか、我が中学校の図書室には
この映画の原作である、
H・G・ウェルズの「宇宙戦争」も置いてあった。
ごく普通のハードカバー版だったのだが、
ひょっとすると、子供向けに色々と
端折られているものだったのかも知れない。
ともかく、「宇宙戦争」という映画に興味を持った自分は、
そのまま原作小説である「宇宙戦争」を借り、
これを読むことにした。

この「宇宙戦争」は1898年、イギリスの作家、
H・G・ウェルズが発表したSF小説だ。
今から100年以上前に書かれているためか、
どうも、これに出てくる世界というのは、どこか牧歌的である。
そんな牧歌的な世界に、突然、火星人の侵略兵器がやってきて、
地球を攻撃し始める。
なんというか、読んでいて結構、違和感がある。
非常に牧歌的な世界に、超科学による侵略兵器というのが、
なんともチグハグなのである。
当時の人たちにとっては、まさに時代の最先端を行く
近代的な地球の軍隊が、超科学兵器を操る火星人と戦うのだが、
現代人の目から見たら、戦闘機もミサイルも無い旧式の軍隊が、
旧式の鉄砲や大砲を駆使して、現代兵器でも倒せないような
超兵器と戦っているのである。
もちろん、そんなもので勝てるわけも無く、
地球人は、火星人に成すべくも無く、
コテンパンにやられてしまうのである。
映画では、火星人が使っていた兵器は、
潜望鏡のついたような、ミョーな形の円盤だったのだが、
小説版(原作)の方では、三本足の破壊兵器ということになっていた。
火星人の方からは、特に降伏勧告も何も無く、
ただただ、何のアナウンスも無い状態で、
ひたすら攻撃を仕掛けてくるだけの冷徹な侵略者であった。
(この点に関しては、ラジオドラマ版でも映画版でも
 一貫されていたように思う)
もちろん、小説版の主人公にも、これに対抗する術は無く、
一般人として、ただひたすら火星人の侵略兵器から
逃げ回るだけであった。
ぶっちゃけて言ってしまえば、これは「戦争」というような
「戦い」では決して無く、火星人の一方的な虐殺行為であった。

さて、もはや人類に抗う術は無く、
ただ火星人によって殺しつくされるだけか?と思われた矢先、
ほんのちょっとしたことから、事態は急転直下、解決を迎える。
火星人たちが、いきなり全滅してしまうのである。
なんのことはない。
地球の軍隊の兵器は、火星人の超兵器には
全く歯が立たなかったものの、
地球の微生物が火星人の健康を侵し、
これを死滅させてしまったのである。
地球人にとっては、全くなんてことの無い細菌であっても、
これに全く免疫のない火星人にとっては、
恐るべき病原菌となったわけである。
こうして、物語はあっさりと終了する。

改めて考えてみると、このストーリーは物語としては、
あまりにカタルシスにかけている。
この話を、物語的に盛り上げるためには、
なんとか地球人が反撃のきっかけを掴み、
そこから大逆転をして、火星人を打ち倒す必要がある。
だが、この物語では、そこの部分がすっぽりと抜け落ちており、
人類にもよく分からないまま、いきなり、火星人は全滅してしまう。
おもわず、え?これで終わり?と、ツッコミを入れたくもなる。

宇宙人が超兵器でもって
侵略を仕掛けてくるという設定は、
当時としては画期的なものだっただろうし、
彼らに全く歯が立たず、いいようにやられるというのは
何ともいえぬ絶望感を醸し出したはずである。
だからこそ、(地球が全滅するのでなければ)どうやって
地球側がこの状況をひっくり返すのかと、
そこの所に期待をかけていた読者もいたのではないだろうか?

この「宇宙戦争」、H・G・ウェルズの発表から40年後に
アメリカでラジオドラマ化される。
その際、舞台は原作版のイギリスではなく、
ラジオ放送されたアメリカに改変され、
その表現方法にしても、小説をそのまま朗読するのではなく、
実際に、現場からニュースを中継しているような表現方法を用いた。
そのため、ラジオを聞いていた視聴者の中には、
火星人の攻撃を「本当のこと」だと勘違いする者も、多くいた。
結果、ラジオ局などに問い合わせが殺到し、
軽いパニック状態となってしまった。
一応、これがドラマであるということは、
アナウンスされていたらしいのだが、
そのアナウンス自体、ドラマの始まる前と、終わった後に
入れられたということなので、途中からドラマを聞き始めた人には、
このアナウンスが伝わっていなかったようだ。
ただ、製作者側が、ある程度の混乱を起こすことを覚悟の上で、
このような手段をとったという見方もあるのだが、
巻き起こった状況を見ると、その可能性は高そうである。

このラジオドラマから、さらに10年以上たった1953年、
「宇宙戦争」はアメリカにて、ついに映画化される。
ラジオドラマ、映画と、どちらもアメリカで行なわれており、
どちらも同じように、舞台がアメリカに変更されている。
どういうわけか、この宇宙人の侵略ストーリーは、
アメリカ人の好みに、ピッタリとハマったようである。
この映画の中では、三本足の侵略兵器が、
潜望鏡のような突起のついた円盤に変更された。
そう、自分がSF映画の本の中で見た「宇宙戦争」のそれである。
時代設定も、19世紀の後半から1953年に変更されており、
それに従って、火星人の超兵器も
「核攻撃にもびくともしない」ものへと変更された。

1953年の「宇宙戦争」から半世紀。
2005年に、再びアメリカにて「宇宙戦争」は映画化された。
監督はあの、スティーブン・スピルバーグだ。
宇宙人の侵略兵器は、原作のものに近い三本足の兵器に戻されたが、
舞台はやはりアメリカであった。
この映画の超兵器は、現代兵器でも全く歯が立たない
強力なバリアーを有していて、全くどうしようもなかったのだが、
どういうわけか、作中では
「日本の大阪では、何体かこれを倒した」ことになっていた。
この「宇宙戦争」も原作や、過去の映画同様に、
微生物によって宇宙人が滅びてしまうのだが、
大阪で宇宙人の超兵器を倒したのは、もちろん、それ以前の話である。
様々な特撮作品を持つ日本に、監督が敬意を表してのことらしいのだが、
大阪では、一体、どんな手段を使って、これを倒したのだろうか?

最近、インターネットの動画サイトにて、
この「宇宙戦争」の一部を、動画として見る機会があった。
1953年のものは、日本の「ゴジラ」に1年ほど先駆けているが、
こちらの方は「ゴジラ」と違い、フルカラー映画である。
後に、「ゴジラ」でも、地球に異星人の侵略者が
攻めてくる話が作られるようになるのだが、
それらのストーリーの大元となっているのは、
やはり、この「宇宙戦争」であろう。
いや、そもそも、日本の特撮・アニメ・マンガを見れば、
異星からの侵略者が地球にやってくるというのは、
もはや、定番中の定番の設定といって良い。
それらのほぼ全てにおいて、この「宇宙戦争」のごとく、
地球を圧倒的に上回る科学力を有しているという設定がある所を見ると、
19世紀末に、H・G・ウェルズが作り出した
「宇宙戦争」という物語の設定が、
いかに完成されたものであったのかが分かる。

バルタン星人も、ガミラスも、サイヤ人でさえも、
この「宇宙戦争」という物語が無ければ、
生まれて来なかったのかも知れない。

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