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食べ物

納豆

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関西、というより、西日本の人間は、一般的に納豆が苦手だ。

そんな中で自分は、関西人でありながら、

幼少の頃から、納豆を食べ続けてきた。

これは、親の教育がものをいった結果だ。

納豆は体に良い、というような情報を聞きつけ、

自分の子供に、せっせと納豆を食べさせたのだ。

おかげで、納豆に全く苦手意識を持たずに、子供のころから食べることができた。

まわりの人間には、結構、納豆を食べられない人間がいた。

今回は、ネチョネチョと糸を引く「納豆」について書いていく。

納豆の歴史は古い。

弥生時代、煮豆に藁に付着していた納豆菌が作用し、

偶然に納豆ができた、というのが定説になっている。

もちろん、納豆誕生伝説は、他にいくらでもある。

聖徳太子が、滋賀県の笑堂というところで作ったという説。

南北朝時代、出家した光厳法皇が、

献上された藁苞に入っていた煮豆が、発酵しているのを見つけた、という説。

前九年の役の際、八幡太郎義家が藁詰めにした煮豆が発酵しているのを

見つけた、という説。

また、同じ八幡太郎義家が絡む納豆誕生伝説としては、

後三年の役の際に発見したという説もある。

ちなみに、後三年の役説の残っている秋田県横手市には、

「納豆発祥の地」の碑が残っている。

どの伝説にも、歴史上の有名人が関与している。

それだけに、ちょっと作り話くさい気もする。

納豆が、稲藁につく納豆菌によって作られる以上、

全く民間の生活の中から発見されたという方が、現実味があるように思える。

そんな納豆が、文献に登場してくるのは、かなり後になってからだ。

「納豆」という文字が初めて出てくるのは、

藤原明衡の「新猿楽記」(1058~65年頃)である。

これは京の庶民の生活を描いた書物で、

この中に「鹽辛納豆(しおからなっとう)」の記述がある。

これは糸を引く「糸引き納豆」ではなく、寺納豆のことである。

これの仲間には大徳寺納豆、浜納豆、天竜寺納豆などがある。

納豆の名前の由来が、寺の納所で作られたからだ、という説もある。

それを考えれば、寺が納豆の起源といわれても、納得できそうである。

しかし字については、藁苞に豆を納めるから、という説もある。

諸説あるので、一概にどれが正しいとは言い切れない。

ただ、ここに出ている説を見ると、どれも舞台が関西方面だ。

八幡太郎義家の伝説の場合、舞台は奥州だが、義家自身は京から来ている。

糸引き納豆が、関東を中心に作られていたところを見ると、

この全ての説に、疑問符がつく。

どうして伝説の発祥の地である、関西で糸引き納豆が流行らなかったのか?

やはり、納豆は民間から発生した、と考える方が自然なようだ。

近年、TV番組などで納豆の優れた健康増進効果が紹介され、

西日本でも納豆の消費量は上がっている。

特に近年、ダイエットに効果あり、とTVで紹介されたときは

店頭から納豆が無くなるほどの、フィーバーぶりだった。

ではいつから、関西で納豆は食べられはじめたのか?

残念ながら、はっきりとした時期というのはわからない。

ただ、江戸時代には、すでに食べられていたようだ。

調べてみたところ、身近なところに、その証拠があった。

江戸時代の俳人、与謝蕪村(1716~1784年)が、

こんな俳句を詠んでいる。

「朝霜や 室の揚屋の 納豆汁」

この俳句の中にある「室」というのは播州室津、

現在の兵庫県たつの市御津町室津にあたる。

「揚屋」というのは遊郭だ。

この俳句からして、室津の遊郭に登楼した与謝蕪村が、

納豆汁を振る舞われたという意味だろう。

「朝霜や」とあることから、冬の朝の情景のようだ。

「納豆汁」というのは、俳句の世界では、冬の季語ということになっているので、

その点を考えてみても、間違いがなさそうだ。

江戸時代の中期、すでに関西で納豆が食べられていたという、証拠だろう。

しかも納豆汁にして食べられている。

当時の納豆の食べ方としては、一般的なものだった。

ただ、現代のたつの市では、納豆汁は一般的ではない。

だからこれは港町であった室津に、北前船などの水夫が伝えたものだろう。

もちろん、納豆汁のレシピは持ち込んだとしても、

納豆そのものは、当時の室津近辺で作っていたに違いない。

つまり兵庫県たつの市では、江戸時代中期から納豆は食べられていたのだ。

最初に書いた通り、自分は子供のころから納豆を食べさせられた。

もちろん自分の兄弟も同じだ。

うちの祖母は新潟出身なので、当たり前のように納豆を食べる。

つまり、うちの家族は納豆家族なのだ。

……と思っていた。

ところが、自分が大人になって、納豆を食べていると

その息子を見て、母親がこんなことを言った。

「あんた、そんな気持ち悪いもん、よう食べれるなぁ」

ん?

どういうことだ?

最初、理解が追いつかなかった。

しかし過去の事例を思い出してみて、ひとつの事実に気がついた。

祖母が納豆を食べているのは、何度も見たが、

両親が納豆を食べているのを、見たことがない。

つまり……。

納豆は体に良いらしい、だから子供には無理にでも食べさせる。

しかし自分らは嫌いなので、食べない。

どうもそういうことだったらしい。

なんのことはない。

納豆が食べられない人間は、恐ろしいほど身近にいたのだ。

それにしても、自分たちが嫌いなものを、平気で子供達に食べさせていたのだ。

これは立派なのか、どうなのか?

ただ、おかげでひとつ学んだ。

親が納豆嫌いでも、子供のご飯にぶっかけていれば、

子供は普通に納豆を食べれるようになる。

それは間違いない。

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