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甘葛

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お菓子の歴史について書かれた本を読んでいると、
よく、こういう一節を目にする。

「昔は甘葛煎といって、甘葛の汁を煮詰めたものを
 甘味料として使っていた」

甘葛煎は「あまづらせん」と読む。
言葉の通り「甘葛」の汁を煎って(煮詰めて)、
糖度を高くしたものである。
この「甘葛」について記述があれば、
かなりの確率で「枕草子」が引用される。
「枕草子」の

「あてなるもの、(略)
 削り氷にあまづら入れて、
 あたらしき金椀にいれたる」

という一文だ。
現代語に直すと

「上品なもの、(略)
 削った氷(かき氷?)に甘葛煎をかけて
 新しい金属製のお椀に盛ったもの」

となる。
「枕草子」の書かれた平安時代、
宮中では、かき氷に「甘葛煎」と呼ばれる
シロップをかけたものが食べられていた。
もちろん、かき氷を食べているのだから、
夏のことだろう。
地面を掘って作った、
「氷室(ひむろ)」と呼ばれる保冷室で
冬に出来た氷を保存しておき、
夏にこれを取り出して食べた。
当時としては、大変な貴重品だったのではないかと
考えられている。
その、貴重な氷にかけられたのが、
「甘葛煎」である。

ここで問題になるのは、原材料である「甘葛」だ。
植物図鑑で探してみても、
「甘葛」という植物は載っていない。

そこで「甘葛」を「甘」と「葛」に分けて考えてみる。
「葛」というのは、「かずら」、「くず」と読む。

「くず」だと、そのまま植物名になる。
「葛(くず)」は、葛粉や葛根湯の原料となる植物だ。
葛粉も葛根湯も、その根から作られる。
「甘葛」は、この「葛(くず)」と関係があるのか?
だが、いくら調べてみても、この「葛(くず)」から、
「甘葛」を作るという話は、出てこなかった。
もちろん、葛粉や葛根湯も甘くない。

だとすれば、これは「かずら」である。
「葛(かずら)」とは、つる植物全般を指す言葉だ。
「甘葛」が「あまづら」と呼ばれていたことを考えても、
やはり「葛」は「かずら」のことだろう。
だとすれば、「甘葛」は
「甘いつる植物」ということになる。
現在、「甘葛」という名前の植物は存在しないので、
恐らく、古来から日本に存在していた
「つる植物」の中のどれかが、
「甘葛」と呼ばれていたのだろう。

かつては「甘味料」として、
広く使われていた「甘葛」だったが、
江戸時代に国内でサトウキビが栽培されはじめ、
砂糖が大量生産されるようになってからは、
「甘葛」は全く作られることはなくなり、
現在では、どの「つる植物」が「甘葛」であったか、
全くわからなくなっているという。

「甘葛」に関しての情報を調べていくと、

・ブドウ科のつる性植物ではないか?
・甘茶蔓(あまちゃづる)ではないか?

という推測があった。
さらに

・深山に自生する蔦の一種で、
 蔦液に濃い甘味を含んでいる。
 秋から冬にかけて葉が紅葉するころ、
 松や杉に絡んでいるものを、
 地上より少し上の所で切断し、
 そこから液をとる。
 この液汁は蜜のように甘く、甘味料として利用された。

と、かなり詳しい情報もあった。
ただ、情報元がはっきりしない。
民間伝承のひとつなのかもしれない。
「甘葛」という植物の具体的な特徴については、
「樹液が甘い」ということと、
「松や杉に絡むことがある」ということしかわからない。
せめて葉の形か、花や種子の色や形状がわかれば、
もう少し考えようもあるのだが、
いかんせん、情報が少なすぎる。
もう「甘葛煎」は作ることが出来ないのだろうか?

実はかつて、「甘葛」の研究を続けていた人物が、
ついにその再現に成功した、というニュースがあった。

そのニュースをたどってみると、再現に成功したのは
北九州市在住の薬局経営の男性らしい。
ネット上には、奈良県の女子大でこの男性を招き、
実際に「甘葛煎」を作っている記事もあった。
これで「甘葛」の正体が分かるのか?と、
記事を読み進めていくと、
問題の蔦は、葉先が3つに分かれており、
秋になると紅葉する「普通の蔦」らしい。
具体的な品種名については、書かれていなかった。
ただ、記事の論調から見ると、
秋に紅葉する蔦ならば、何でも構わないような感じである。
ひょっとすると紅葉する蔦なら、
ほとんどの蔦の樹液は甘いのかもしれない。
この「普通の蔦」を、
葉が落ちたくらいの時期に切り出す。
先にあったように、地上から少し上辺りで
切るのがポイントらしい。
実験では、かなり太い(直径4~5cm)の蔦を
切り出していた。
これを5㎝ほどの長さのブツ切りにする。
このブツ切りの片側を口でくわえ、息を吹き込む。
そうすると、ちょうど反対側の切り口から、
樹液が溢れてくる。
この溢れ出てきた樹液をためて、火にかける。
そのまま煮詰めていき、量が当初の5分の1ほどになれば
「甘葛煎」の出来上がりである。

この行程を見ると、樹液の採取方法に違いはあるものの、
メープルシロップの製法にかなり似ている。
木の幹に穴をあけ、樹液が出てくるのを待つだけの
メープルシロップと違い、
「甘葛」は人力で樹液を取り出している。
その分、手間も時間もかかるようだ。
そのため「甘葛」も、貴族など身分の高い人間しか、
食べることが出来なかった。
「甘葛」は煮詰めれば、メープルシロップと同じように、
保存が利くようになる。
そのため平安時代には、地方で作られた「甘葛」が、
諸国から献上された。
「枕草子」に書かれている「あまづら」も、
そういった献上品だったのだろう。

江戸時代に、砂糖が量産されるようになってからは、
全く作られることのなくなった「甘葛」。
しかし、その歴史は古く、
縄文時代の貝塚からも「甘葛」が出土している。
つまり、米を加工して作られる「水飴」より、
「甘葛」の歴史の方が古いということである。
まさに、日本最古の「甘味料」なのだ。

現在、我々の周りに様々な甘味料が溢れていることは、
前回の記事でも書いた通りだ。
その数多い甘味料の中に、
長く日本人の甘味を支えてきた
「甘葛」が残っていないというのは、
なんとも寂しい話だ。

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