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麻雀

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オカルト、という言葉がある。

ではこの言葉の対義語は?と聞かれるとどうだろう。

パッと浮かんでこないのでは、ないだろうか。

オカルトと言えば、どことなく怪しく、そしてうさんくさいイメージが離れない。

辞書で調べてみると、オカルト=超自然現象、神秘的現象とある。

この反対の意味といえば、自然現象、現実的といったところだろうか?

しかし、オカルトの反対はデジタル、という世界がある。

麻雀の世界だ。

今回は、この中国発祥のテーブルゲームについて書いていく。

麻雀を始めとするテーブルゲームには、大きく2つに分けられる。

運の要素を含むものと、含まないものだ。

運の要素を含むものとしては、麻雀、ポーカーなど、

運の要素を含まないものとしては、将棋や囲碁、オセロなどだ。

どちらが面白いか、ということに関しては、個人の好き嫌いがからんでくるので

ここでは答えを出さない。

だが、運の要素がある、ということはそれによって、

実力差が埋まったり、ひっくり返ったりすることがある、ということだ。

そういう意味では、より多くの人が楽しめると言える。

だが、運というなんともあやふやな、はっきりしないものを含んでいる以上、

例えばそこに、イカサマなどの入り込む余地がある。

運の要素を含むということは、功罪が共にある。

麻雀でいう所のデジタルとは、徹底した確率麻雀だ。

「運」、「流れ」、「勢い」という、不確定なものを排除した麻雀である。

だから、この逆であるところのオカルトとは、

「運」、「流れ」、「勢い」を戦術に取り入れた麻雀のことだ。

どちらが正しいか?という問題ではない。

麻雀に運という不確定要素が含まれている以上、これを戦略に取り込むのも

あるいは完全に排した上で戦略を立てるのも、自由だ。

自分の場合は「運」や「勘」には頼らない。

だからデジタルなのかと聞かれれば、決してそういうわけでもない。

ただ単に、自分の「運」や「勘」が頼れるものではないというだけだ。

頼りにならないものを、戦略に取り入れるくらいなら、

最初から無いほうがいい。

麻雀は中国で生まれた。

ただ中国では、「麻雀」ではなく、「麻将」という。

19世紀の中頃に、それまでにあった「馬吊」というゲームと、

「骨牌」というゲームを合体させた、というのが定説になっている。

「馬吊」というゲームの歴史を遡っていくと、17世紀の初頭まで

遡っていくことになる。

牌をかきまぜるときの音が、雀の鳴き声に似ているというので

「麻雀」になったという。

しかしそれでは、中国で「麻将」と呼ばれていることと矛盾する。

「馬吊」の別名が「馬将」というところから、読み方だけが残ったのだろう。

麻雀が日本に入ってきたのは、明治43年。

中国四川省の学校に、英語教師として招かれていた名川彦作という人が、

帰朝の際に持ち帰ったという。

年代的には、中国で麻雀が売り出されてから、約50年後のことだった。

本格的に導入されたのは、関東大震災の後で、

昭和5、6年頃には第1次麻雀ブームが起こった。

日華事変から太平洋戦争までの間は、ブームもおさまっていたが、

戦後、第2次麻雀ブームが起きる。

この時に、「途中リーチ(現在の形のリーチ)」が取り入れられ、

さらにアメリカ式の麻雀の要素を取り込むことによって、

現在の日本式麻雀のルールが出来上がった。

さらに1970年代初頭、再び空前の麻雀ブームが起こる。

この時期、多くのサラリーマンや大学生などが、麻雀をプレイした。

ただこの頃に、ギャンブルとしての麻雀、タバコ、飲酒などの

非常に不健康なイメージがついてしまう。

このイメージは現代に至っても完全には払拭されておらず、

麻雀人口の増加の大きな障害になっている。

自分が大学生だった、90年代前半、麻雀は静かなブームだった。

時代は桜井章一の、「雀鬼」ブームまっただ中だった。

近代麻雀を開けば、そのほとんどが「雀鬼」一色だった。

「勝負勘」、「感性」、「ツキ」。

かっこよく書き立てられていたが、自分にはそういうものはなかった。

ない、というか、アテにできるものではなかったというのが正しい。

そんな自分と同じような人間が、作り出したのがデジタル麻雀だったのだろう。

さて、麻雀の場合、小説よりもマンガの方が多い。

麻雀小説にはかの有名な「麻雀放浪記」があるが、

これ以外のものは、あまりメジャーとは言い難い。

これは卓上の状況を表現するには、文章を持って描写するより

マンガのように、絵でもって表現するのがわかりやすいからだろう。

当然、名作といわれるものも多い。

「哭きの竜」、「むこうぶち」、「天」、「アカギ」、「哲也」、

「スーパーヅガン」等々。

どれも、麻雀マンガとしては名作といっていい。

そしてどういうわけか、麻雀マンガには、作品を象徴するような台詞がある。

頭の悪い大学生同士が麻雀をしていると、この手の台詞の応酬だった。

何度「御無礼」されて、

何度「背中が煤けてるぜ」といわれて、

何度「きたぜ、ぬるりと……!」の台詞を聞かされたかわからない。

そんな台詞を聞いた奴らは、大概「ククク……」と笑っていた。

卓から抜けていた奴らは、「ざわ……ざわ……」とやらかしていた。

今、思えば、実に楽しい麻雀だったと思う。

さて、現在連載中の麻雀マンガで、毛色の変わった作品がある。

小林立の「咲-saki-」シリーズだ。

この漫画では、女子高生が部活で麻雀をやっている。

麻雀が一種の競技になり、インターハイで全国制覇を目指す。

これまでの麻雀マンガにあった、賭博、煙草、飲酒のイメージを完全になくし、

全く新しい表現で、麻雀マンガを描いている。

従来の麻雀マンガのファンからすれば、その世界観の違いに戸惑うだろうが、

これからは、こういうタイプの麻雀マンガが、増えていくのかもしれない。

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