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日本化け物考〜ミイラ

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By: Ik T

前回は、日本の「化け物」の中で、
予言を行なう「化け物」、「件(くだん)」を中心として書いた。
今回は、ちょっと視点を変えて、「ミイラ」について書いていく。

これを読んでいる人の中には、
日本の「化け物」について書く、といっているのに、
「ミイラ」というのは、おかしくないか?と、
思っている人もいるだろう。
そう。
「ミイラ」といえば、なんといっても
有名なのはエジプトのものだし、
ピラミッドと「ミイラ」は、カレーと福神漬けのような関係である。
その昔、ピラミッドの研究をしていた人たちが
次々と謎の死を遂げ、「ミイラの呪い」だとか騒がれたこともあるし、
テレビゲーム「ドラゴンクエスト3」などでも、
ピラミッドの中には、全身を包帯で巻いた「ミイラ男」が現れる。
カラっからに干涸びた「ミイラ」が棺の中から立ち上がり、
墓所を荒らす不埒者に襲いかかるのは、
遺跡を舞台にしたホラー映画の定番だといっていい。
しかし今回取り上げるのは、「化け物」としての「ミイラ」ではなく、
「化け物」の「ミイラ」である。
……。
読んでいる人の中には、激しく混乱している人もいるかも知れないが、
我が国には、「化け物」の「ミイラ」と伝えられているものが
数多く存在している。
今回は、この「化け物」の「ミイラ」を始め、
骨や死体など、「化け物」の残骸について取り上げてみる。

「化け物」の「ミイラ」として、残されているもののうち、
人間の「ミイラ」に近いものの代表が、「鬼」の「ミイラ」だ。
「ミイラ」ばかりではなく、骨や腕なども残されている。
ただ、基本的には、「鬼」が「鬼」と分かる部分というのは、
頭に生えている角しか無いので、
「鬼」とされているミイラや骨の場合、必ず頭が現存している。
これに体がついていたり、腕がついていたりしているのだが、
これらを改めて全体的に見直してみると、
ミョーにバランスが崩れてしまっていることが多い。
頭だけが異常に大きかったり、体がやたらほっそりしていたり、
そのバランスの悪さは滑稽なほどで、
仮にこれが瑞々しく水分を含んでいたり、
肉が骨を覆っていたとしても、決して我々がイメージしている
恐ろしい姿にはならないだろうと考えられる。
ともあれ、これらのミイラや骨に関しては、
現在では寺などの寺宝として祀られている場合も多く、
信仰の対象になっているものもある。

この「鬼」という「化け物」には、人に角が生えたものの他に、
クマに角が生えた「熊鬼」、キツネに角が生えた「狐鬼」、
ネコに角の生えた「猫鬼」、ニワトリに角の生えた「鶏鬼」などがある。
面白いことに、これら亜種の「鬼」たちにも、
ミイラやら骨やらが残されている。
もちろん、これらの全身が残っていることは無く、
そのほとんどが、頭だけ残っているものだ。
そして、その頭の骨やミイラに、角がついているのだが、
本来なら耳やトサカがついている場所から、角が生えてきている。
一体、生前はどんな姿をしていたのか、首をひねらざるを得ない。
……。
まあ、種明かしをしておけば、これらは全て作り物である。
作られた当時は、まあ、それなりに
ちゃんとした作りだったのだろうが、
100年以上の時間経過によって、それぞれの材料が経年劣化し、
くっきりと継ぎ目の部分が、変色して見えるようになった。
これらの「鬼」の、角の付け根の部分には、
周りとは色の具合の違う、パテ状の物体が盛られている、
これによって、動物(人間を含む)の頭蓋骨と、
牙などで作った角をくっつけていたのだ。
この継ぎ目も、作製当時は全く見分けがつかない精度で
色付けされていたのだろうが、時間とともに
この部分が変色してきてしまった。
恐らく、もともとは見せ物として使われたり、
その霊力や加護を謳い文句にした珍品として、
金儲けの道具として使われていたのだろう。
いわば、「化け物」の名を借りた、一種の便乗商売である。

「ミイラ」といえば、「河童」や「天狗」のそれも見逃せない。
「河童」の「ミイラ」に関していえば、
全身が毛に覆われているものがあり、
体が人間に比べてかなり小さいことから
恐らく猿の死体を加工したものであろう。
「河童」といえば、頭の皿と、背中に背負った亀のような甲羅が
トレードマークとなっているが、「河童」の「ミイラ」では
これらの部分が、いい加減にぼかされてしまっていることがある。
「水虎(すいこ)」という名で残されている
「河童」の「ミイラ」では、背中の甲羅の代わりに
黒い毛がびっしりと生えている。
頭の皿に関しては、わずかに体毛が剃り落とされて、
いかにも「皿」っぽく仕上げてある。
この「河童」の「ミイラ」も人の手によって作られたもので、
腹側の方が大きく切り開かれ、内蔵がきっちりと取り除かれている。
腹の中には木の棒が入れられ、腹は開かれたままとなっており、
あばら骨の内側まで一瞥することが出来る。
正直、「河童」の「ミイラ」を名乗るのであれば、
もうちょっと頑張ってほしいものだ。

「天狗」の「ミイラ」もまた、猿を加工して作られたものだ。
一様に、クチバシがついている所を見ると、
どれも「烏天狗」なのだろう。
手足の先っぽが切り落とされ、鳥の足がくっつけられている。
この辺り、芸が細かい。
どれも座禅を組んでいるようなポーズをしていて、
ひょっとしたら、即身成仏したという設定なのだろうか?

ちょっと変わった「ミイラ」として、「人魚」の「ミイラ」がある。
上半身が人、下半身が魚というアレである。
「人魚」なんていうと、童話の「人魚姫」のような
美しい女性の姿を思い浮かべてしまうが、
「人魚」の「ミイラ」には、そのような美しさは全く無い。
ただただ、不気味なだけである。
もちろん、これも作り物で、下半身の魚部分は、鯉などの大型の魚、
上半身の人間部分は、猿が用いられている事が多い。
「人魚」には、その肉を食べると
「不老不死になれる」などいう話もあるのだが、
さすがに魚と猿を繋ぎあわせた「人魚」の「ミイラ」では、
これを食べてみようという気は起きないだろう。
ただ、「不老不死」を得ることが出来るということで、
「人魚」は信仰の対象になることも多く、寺などの寺宝として
保管している所もある。
この「人魚」信仰は、日本国内のみならず
諸外国でも同じように行なわれており、
日本で作られた「人魚」の「ミイラ」が、相当数、
海外へと輸出されていたという話もある。
そのころも、日本人の手先は器用だった、ということだろうか?

我が国には、様々な「化け物」がいて、
そして、それらの「ミイラ」が存在している。
「鬼」、「天狗」、「河童」、「人魚」。
これらは、人間の手によって作製され、見せ物や信仰の対象となった。
仏像などとは違う、偶像崇拝のより民間的な形である。
だが、時代とともに、これら「ミイラ」崇拝は廃れていき、
やがて全く消え去ってしまった。

各地の寺などで、寺宝として保管されている
「化け物」の「ミイラ」たちは、
そのことを現在に伝える、死に(!)証人である。

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