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楽しいUMA ビッグフット 〜その2

更新日:

By: Incase

前回、「ネス湖」の「ネッシー」に続いて、
世界的に有名なUMA、「ビッグフット」について取り上げた。
「ビッグフット」に関するざっとした概要と、
1800年代の目撃例について検証してみたのだが、
今回は、それに引き続き、1900年代の目撃例を検証していく。

次の目撃例は、グッと時代が下がり1924年である。
ワシントン州のエイブ・キャニオンで石炭夫とその仲間たちが
「サスカッチ」に遭遇し、その背中に銃弾を撃ち込み、
これを射殺している。
これが事実だとすれば、すでにこの時点で
「ビッグフット」の死体という、動かぬ証拠があるはずなのだが、
彼らはどうも、その死体を研究機関に届けたりはしなかったようだ。
その夜。
炭坑夫たちの小屋に「サスカッチ」の群れが襲いかかり、
小屋の側にあった丸太を掴んで、屋根を壊そうとした。
恐らくは、小屋の中に侵入しようとしたのだろう。
炭坑夫たちも、小屋の中から銃で応戦したが
「サスカッチ」たちは逃げ出さず、その攻撃は朝方まで続いた。
「サスカッチ」たちが去った後、炭坑夫たちは正体不明の
生物を恐れて、その場から逃げ出したという。
……。
なんとも判別し難い話である。
最初に殺した「サスカッチ」の死体はどうしたのか?
さらに小屋の中から銃で応戦したのなら、
朝方には何匹かの「サスカッチ」の死体が
小屋の外に転がっていたとしても、不思議なことではない。
それらはどうしたのか?
いや、そもそも「サスカッチ」たちは、
どうして銃を相手にして、逃げ出さなかったのか?
正直、この話は穴がありすぎる気がする。

この話から20年ほど後の1941年、
ネバダ州のチリマックという場所で、
ジェニー・チャップマンという女性が、夫の留守中に、
自宅の脇で洗濯物を干していると、
森の中に人間でもない熊でもない、
毛むくじゃらの大型の猿のような影をみつけた。
夫が家に帰ってくると、戸口の高い所に赤茶けた毛がついていて、
家の中は荒らされていて、妻と子供たちはいなかった。
置いてあった150kg近い木の樽が倒されていて、
中の保存用の塩漬けの魚が盗まれていた。
幸い、妻と子供たちは近くの町に避難していて無事だったが、
彼らは恐ろしくなり、二度とその家には戻らなかったという。
この話の場合、毛むくじゃらの大型の猿のような影というのが、
「サスカッチ」もしくは「ビッグフット」ということに
なるのだろうが、話の中では人家を襲い、中の食料を強奪している。
前回、「ビッグフット」の性格で「おとなしい」というのがあったが、
この話や、先のワシントン州の話を見る限りでは、
「おとなしい」という話は、かなり怪しいようである。

さらにこの話から20年ほどたった1967年、
「ビッグフット」を語る上では、外すことの出来ない
大きな目撃事件が起こる。
元カウボーイのロジャー・パターソンと、
その友人であるロバート・ギムリンの2人が、
カリフォルニア州のブラフ・クリークの山の中で
「ビッグフット」に遭遇したのである。
彼らは、歩きながらカメラに向かって振り向く
メスの「ビッグフット」の姿を8ミリフィルムに収めた。
これが世に言う「パターソン・ギムリン・フィルム」である。
短時間ではあるものの、「ビッグフット」を
かなり鮮明に捉えたこの映像は、
その真偽を巡り、大きな論争を巻き起こした。
フィルムの中では、肉厚の類人猿と思われる動物が、
まるで人間の様にスタスタと歩いていく。
その歩き方は、かなり人間に近く、
それこそ中に人間が入っているといっても、
おかしくない様子である。
それを自然に感じるか、不自然に感じるかで、
このフィルムに関するイメージは大きく変わってきてしまう。
自然に感じれば、この「ビッグフット」は本物だと断じ、
不自然に感じれば、この「ビッグフット」はニセモノだと断じる。
それが本物なのか、あるいはパターソンとギムリンによって
故意に作られたニセモノなのか?
フィルムの撮影後、60年を経ても、
この論争は決着を見ていない。
このフィルムを撮影したとされる、パターソンとギムリンのうち、
パターソンの方は1970年代に亡くなっているが、
ギムリンの方は現在も存命中であるらしい。
この手のUMA証拠のパターンから考えると、
彼が亡くなる直前に、「実はニセモノでした」と告白するという
ケースも考えられないわけではないのだが、
これまでのところ、彼はそのような発表はしておらず、
フィルムに映っているのは、
正真正銘の「ビッグフット」ということである。

「ビッグフット」を語る上で書かせない、
パターソン・ギムリン・フィルムであるが、
実は2002年、ワシントン州に住むレイモンド・ワラスが
死の直前に、「着ぐるみを着て撮影した」と発表、
その2年後、ボブ・ヘイロニムスという人物も、
「私が中に入って撮影した」と、著書の中で告白した。
もちろん、パターソンの遺族とギムリン側は、
この2人を嘘つきだと非難して、両者の意見は真っ向から対立。
仮に、この2人の言っていることが本当だったとすれば、
パターソン・ギムリン・フィルムが撮影された際には、
パターソンとギムリンの他に、ワラスとヘイロニムスという
2人の協力者がいて、少なくとも4人体制で
フィルムを作製したことになる。
普通に考えれば、その状況でフィルムを作製したのであれば、
それを発表する際にも、4人の名前で発表するはずである。
それを行なっていない時点で、かなりおかしなことであるし、
2002年にワラスがフィルムの偽造を発表した際、
その生き証人とも言えるヘイロニムスが、
どうしてその場に立ち会わなかったのかということも、疑問である。
また、カネで誘われ、撮影に協力したが、
結局、その金が払われなかったという旨の発言も残しているが、
普通、そういうことになった場合は半世紀も待たず、
すぐさま発表を行なうのが普通である。
フィルムを偽造だ、と告発した2人が、
問題のフィルムよりも怪しいという、なんともカオスな話である。

問題のフィルムについてであるが、
後に様々な研究者がこれを分析してみた結果、
着ぐるみではあり得ない、すなわちこれは本物であるという結果が、
何人かの研究者たちから発表された。
もちろん、これをニセモノであるとする研究者も、たくさんいるので、
端的に言ってしまえば、映っている映像の真贋については、
どこまでいっても水掛け論、ということだろうか。
恐らくこれは、この先どこまでいっても同じことだろう。

だが、面白いことに、「ビッグフット」の目撃情報や、
これを写真や映像に捉えたという話は、
このパターソン・ギムリン・フィルムが発表されてから、
爆発的に増えることになる。
もちろん、それにはカメラや8ミリ、ビデオカメラなど、
撮影器具の進歩と、一般への普及が
進んだということもあるのだろうが、
1933年の目撃を機に、一気に目撃情報の増えた「ネッシー」と
良く似通っている状況であるというのが面白い。
目撃情報は増えたものの、その後、いつまでたっても
UMAそのものが捕えられない、というのも
どちらの話にも共通しているところだ。
水中に棲む巨大生物「ネッシー」が、
捕えにくいというのはともかく、
人と同じ陸生生物である「ビッグフット」でさえ、
捕えられていないということは、ミョーな話といえる。
森の中には数多くのハンターたちが、獲物を求めてうろついているし、
アメリカは敷地内にハロウィンの仮装をした子供が入ってきたのを
問答無用で射殺してしまうような国なのである。
普通に考えれば、見つかり次第、ハンターなどに射殺され、
その死体が大々的に発表されていて、然るべきところだ。
(現に彼らは、過去の目撃談の中で
 「ビッグフット(サスカッチ)」を、射殺している)
だが、実際にそうなっていないというのは、どう考えればいいのか?

結局のところ、「ビッグフット」についても、
それが実在するのかどうか?ということに関していえば、
「ネッシー」の場合と同じく、はっきりと断を下すことは出来ない。
自分は学者ではないので、科学的な方法で写真や映像、
足跡などを分析することは出来ないが、
目撃談などを年代順に並べ、その内容などを吟味して、
それらの偏りを見出すことは出来る。
「ネッシー」の場合、1933年という年が
ひとつのターニングポイントになっていたが、
「ビッグフット」の場合もまた、1967年というのが
大きなターニングポイントになっているようだ。
(もっとも「ネッシー」の場合ほど、
 劇的な変化ではないかも知れないが……)

「ネッシー」の場合と同じく、
現在も目撃が続いている「ビッグフット」。
これもまた、同じようにその謎の解明を、楽しみに待ちたい。

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