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黄身返し

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By: senov

とある料理マンガを読んでいると、このようなシーンがあった。

主人公とそのライバルによる、因縁の寿司勝負。
テーマは「ひよこ」。
……。
いや、寿司でテーマが「ひよこ」って、なんやねん!と、
突っ込んだ人がいるかも知れない。

実は江戸前のにぎり寿司には
卵を使った「ひよこ」と呼ばれる寿司がある。
ゆで卵を縦半分に切り、黄身を取り出した後、
この黄身とエビのおぼろを混ぜて、白身のくぼみに詰め直し、
これを握った酢飯の上にのせたものである。
パッと見た感じでは、半分に切ったゆで卵を
握った酢飯の上にのせただけのものに見えるが、
食べてみると、黄身の中にエビのおぼろが混ぜ込まれているという、
いかにもひと仕事してある、江戸前の寿司である。
見た目が可愛く、ひよこのように見えることから「ひよこ」と
名付けられたらしい。
半分に断ち割られたゆで卵は、
どうみても「ひよこ」には見えないと思うのだが、
どうやら、マンガ内のキャラクターたちもそう思っていたらしく、
「ちゃんと「ひよこ」に見える、「ひよこ」寿司を」
というのが、勝負のテーマとなったわけである。

試行錯誤の末、主人公は黄身とおぼろを混ぜたものを、
和菓子用の「きんとんぶるい」で細かく濾して、
これを握った酢飯に盛りつけたものを作り上げる。
しかし、そんな主人公の仕事を見て、ライバルは不適に微笑む。

「相変わらず、小手先だけの仕事をしてやがる」

ライバルは、自分の調理したゆで卵の皮を剥き、半分に切る。
それを見た一同は驚きの声を上げる。
何とライバルの茹でた卵は、卵の白身と黄身が入れ替わっており、
卵の外側の部分に黄身が、中心部に白身があったのである。

「あっ、あれは……!!」
「まさか……」
「幻の……」
「黄身返し……!!」

かくして勝負はライバルの圧勝(?)に終わり、
主人公はライバルとの圧倒的な実力差に、
うちひしがれるのであった。

まあ、勝負の結果については置いておくとして、
作中では、ライバルの作った「黄身返し玉子」について、
説明が入る。
それによると、

「江戸時代に書かれた料理本に「玉子百珍」というのがある」
「その中には、百種類を越える玉子料理のレシピが
 書かれているんだ」
「「黄身返し玉子」も、その「玉子百珍」に出てくる
 玉子料理のひとつ」
「実物を見るのは、初めて」

ということになっている。
「玉子百珍」ということになっているが、
実際にはそういったタイトルの本があったわけではなく、
1785年に出版された「万宝料理秘密箱」という本の中にある、
「卵之部」に記された、103品のレシピのことである。
(それじゃ「百珍」じゃなくて「百三珍」じゃないか
 と、ツッコミを入れる人もいるだろう)
日本人が卵を食べ始めたのは、
南蛮人によって、卵食を伝えられてからのことになるので、
1785年の時点では、まだ日本の「卵食」の歴史は
わずか200年ほどしかなかった。
200年の間に、卵を使った100以上のレシピを
新しく作り出したわけだから、
日本人の「食」への執念というのは、計り知れないものがある。
ともかく、この「玉子百珍」の中に、
「黄身返し玉子」のことが書かれているのである。
その記述を抜粋してみると、

「地たまごの新しきを、針にて、頭の方へ一寸ばかり穴をあけ、
 扨能(さてよく)糠味噌へ三日ほど漬けおきて
 取りいだしてよく水にて洗ひ、
 煎貫(にぬぎ)にすれば、中の黄身が外へなり、
 白身が中へ入ル。
 これを黄身返しといふ」

と、なっている。
手順としては、卵の頭に小さな穴をあけ、
そのまま糠味噌に3日間ほど漬け込み、
これを洗ってから、茹で上げるということらしい。
少なくとも、この手順を見る限りでは、
黄身と白身が入れ替わる理由は、サッパリ分からない。
ちなみにマンガの中では、

「これまでに数多くの料理人が挑戦してみたが、
 成功したという話は、聞いたことがなかった」

といっているため、自分の見方は、
あながち的外れではないようだ。
この様な経緯から「黄身返し玉子」は、
幻の卵料理といわれているらしい。
ライバルは、この誰も成功したことのない「黄身返し」に、
成功したということになる。
だが、作中ではライバルがどのような手順で
「黄身返し」を成功させたのかという点については
全く描写されず、
そのライバルの底知れぬ実力を匂わせるだけであった。

ここで、不思議に思う人もいるのではないだろうか?
いくら黄身と白身を入れ替えるといっても、
黄身と白身では、その分量が違う。
卵殻の中では、中心部に小さな黄身があり、
その周りの大部分を、透明な白身が包んでいる。
単純に、その容量差のまま
黄身と白身の位置が入れ替わったとすれば、
普通のゆで卵と違い、非情に薄い黄身の膜が
巨大な白身を包む様な状態になるはずだ。
だが、マンガの中で描かれた「黄身返し玉子」は、
その黄身と白身の容量差でさえ、きれいに逆転してしまっていた。
こんなことが、どうやったら起きるというのだろうか?

気になった自分は、インターネットを使い
「黄身返し玉子」について調べてみた。
ひょっとしたら、マンガの中で描かれていた「黄身返し」というのは、
全くの作者のねつ造で、「玉子百珍」自体が存在していない、
あるいは存在していても、その中に「黄身返し」はないということも、
考えられるからである。
(かつて、「男塾」というマンガで
 「民明書房」という架空の出版社と、
 架空の著作物を作り出し、読者にその存在を
 信じ込ませたということがあった)
だが、「黄身返し」というワードで検索をかけてみた結果、
なんと、実際に黄身と白身の入れ替わった
「黄身返し玉子」の写真が、画面一杯に映し出されたのである。

そう。
「黄身返し」というのは、架空の料理でもなんでもなく、
実際に存在している卵料理だったのである。
そしてさらに詳しく調べてみた結果、
「黄身返し玉子」は、意外に簡単に作れるということが
明らかになった。

……。
そういうことであるならば、ムラムラとやってみたくなるのが、
自分の悪いクセであり、また、良い所でもある。

そういうわけで次回は、幻の「黄身返し玉子」実践編である。

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