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枝豆

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By: Kanko*

ビールのおつまみ、ということになると、
まず名前が挙がるのが、「枝豆」である。
ことに夏場においては、この組み合わせを押す声も多く、
居酒屋などでビールを飲む際にも、
とりあえず枝豆、といった感じで、注文されることが多い。

と、まあ、そういう風に書いておいて、
こういうのもアレだが、自分はほとんど酒を飲まない。
飲むとしても、年に4~5回で、
大方の場合、貰い物の缶ビールなどを飲むだけである。
そういう場合、もちろん、良く冷えたビールだけを
ゴクゴク飲んでもいいのだが、それでは余りに趣にかける。
せめて、ビールはグラスに移して、
さらには、何かおつまみを用意して、というのが、
自分の定番になっているのだが、
そのビールのおつまみに、枝豆を用いたことが一度もない。

缶ビールを貰ったときなど、
とりあえず、これを冷蔵庫の中に入れておいて、
家の近くのコンビニエンスストアへと出かけて行く。
雑誌のコーナーで少し立ち読みをして、
その後、店内を適当に物色し、時間を過ごした後には、
家の冷蔵庫の中の缶ビールが、良く冷えているという算段である。
その際に、コンビニエンスストアで
何かおつまみを買うというのが、いつものパターンなのだが、
そのときに、枝豆を購入したことがない。
もちろん、コンビニエンスストアには枝豆もおいてあるのだが、
大方は冷凍品で、買って帰っても、
それを解凍しなければならない手間がある。
何も、わざわざそんな手間のかかるものを買わなくても、
「柿ピー」でも、「さきいか」でも、
手間いらずのおつまみが、いくらでも並んでいるのである。
そういうお手軽なおつまみを、
ついつい選んでしまうのが人情である。

たまに、買い物のついでに、
スーパーでおつまみを探すこともある。
スーパーの総菜コーナーであれば、すでに茹で上がった枝豆が
パック詰めされて販売されている。
じゃあ、そのときに買えばいいじゃないか、
ということになろうが、
スーパーの総菜コーナーには、揚げたての「串カツ」や
各種焼き鳥類、さらには「刺身」でも何でも揃っている。
スーパーでおつまみを買うということになれば、
どうしても、そういう家で作るのが難しいものを買ってしまう。
手軽かと言われれば、微妙に手間がかかり、
手が込んでいるかといえば、絶対にそんなことはないという、
そういう微妙な立場が、自分に枝豆を選ばせないのである。

さて、「枝豆」といっているが、
厳密にいえば、「枝豆」という名前の豆があるわけではない。
枝豆とは、すなわち大豆である。
我々の良く知っている大豆は、しっかりと熟した後に収穫し、
これを天日などで乾燥させたものであるが、
これが熟する前、まだ柔らかいうちに収穫し、
これを食べるのが「枝豆」ということになる。
もちろん、未熟果であるために、
「枝豆」は「大豆」ほどに保存が効かない。
現在、販売されている「枝豆」のほとんどは、
収穫後に茹で上げられ、その後、冷凍されたものであり、
居酒屋などで販売されている「枝豆」なども、
これらの冷凍品を解凍したものである場合が多い。

「枝豆」が、いつごろから食べられていたかというのは、
はっきりとは分かっていない。
大まかに奈良・平安時代には、
食べられ始めていたのではないか、といわれている。
鎌倉時代に、日蓮が寄進を受けた信徒に書いた礼状、
「松野殿女房御返事」の中に、「枝大豆」という表記がある。
恐らくは、「枝豆」のことを指しているのに間違いはないだろうが、
当時は、「枝豆」のことを「枝大豆」と、呼んでいたようである。
後の江戸時代の文献には、
「大豆をサヤ葉の柔らかいうちから食べた」という表記や、
「夏に、枝豆売りの姿が見られた」という表記がある。
ここで販売されていたと言う「枝豆」は、
すでに茹で上げられたものだったらしい。
路上販売をしていたことから考えるに、
それほど上等な食べ物ではなかったようだ。

さて、「枝豆」は、どうして「枝豆」なのか?
……。
凄く根源的なことを書いているようだが、別にそんなことはない。
本来であれば、これは「大豆」である。
かつては、田の畦などで作られていたことから、
「畦豆(あぜまめ)」とも呼ばれていたらしい。
本来的な名前で呼ぶのであれば、「青大豆」とか「青畦豆」、
「若大豆」や「若畦豆」なんて呼ばれていても、不思議ではない。
むしろ「枝」が、どこから出てきた?と、なるのが普通だろう。

現在、スーパーなどで販売されている「枝豆」は、
サヤだけで販売されており、「枝」の要素など皆無である。
しかし、かつては枝付きのまま、これを販売しており、
さらにいえば、枝付きのまま、これを茹でていたと言う。
百歩譲って、枝付きのまま販売するのはいいだろう。
かさばりはするものの、いちいちサヤを取って集めるよりも
販売する側にとっては、そちらの方が手間がかからない。
現在でも、直売所や道の駅などに行けば、
枝付きの「枝豆」が販売されていることもある。
しかし枝付きのまま茹でるのに、どんな意味があるのだろうか?
多分、こういうことではないか。
枝からサヤを外して茹でると、湯の量も遥かに少なくてすむし、
湯に塩を溶かしている場合、塩の量も少なくてすむ。
ただ、サヤしかない状態では、販売する際に、
何か袋のようなものを用意して、これに入れて販売するか、
客側で「枝豆」を入れる容器を、
準備してもらわなければならない。
茹でた「枝豆」は濡れているため、紙の袋では破れてしまうし、
笹の葉などで包んでも、横からこぼれ落ちてしまう。
かといって、客に容器を準備してもらっていては、
気軽に買ってもらえなくなり、売り上げは伸びないだろう。
ならばいっそのこと、枝ごと茹で上げてしまい、
枝単位で販売すれば、袋や容器の心配をしないですむ。
どうせ、豆自体はサヤの中に入っているのだから、
埃や土がついた所で、何の問題もない。
湯の量と、塩の量は多くなるかも知れないが、
枝についたまま、鍋の中に放り込んであるんだから、
茹で上がったら、枝ごと引き上げ、
また新しい枝を放り込むようにすれば、
いちいち、バラバラのサヤをザルなどですくい上げるよりは、
ずっと能率的に「枝豆」を茹で上げることが出来る。
何のことはない。
「枝豆」が「枝豆」になったのは、
ただ、これを大量に茹で上げる、生産者側の都合だったのである。

さて、今年はそんな枝豆の種を1袋買ってきて、
これを畑の横をわずかに耕した所へ、植え付けてみた。
特に肥料なども与えず、生えていた雑草を刈り取り、
土を耕起して、そこへ植え付けたのだ。
随分、適当な植え付け方だなと思われるだろうが、
何、元は田の畦に植えていたような作物なのだ。
ちょっとや、そっと、条件が悪かったとて、
きっと、たくましく育ってくれるに違いない、
と思っていたのだが、これがなかなか芽を出さない。
余りに適当すぎたかな?と、反省していると、
忘れたころに、ひょっこりと芽を出し始めた。
どうやら自分の思った通り、かなりタフネスな作物らしい。

このまま順調にいけば、夏ごろには
たっぷりの「枝豆」が収穫できる。
そうなると、これを茹で上げて、
それでビールを1杯、ということになるだろう。

ただ、茹で上げる際には、
「枝」ごと、というわけには、いかないようである。

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