魚の王様、という言葉がある。
「鯛」をさした言葉である。
現在では、魚の王様=鯛という図式が出来上がっているが、
この図式が出来上がる以前は、魚の王様は「鯉」であった。
ちなみに川には女王がいて、これは「鮎」をさす。
つまり、もとは「鯉」が王様で、「鮎」が女王だったわけだ。
まわりを海に囲まれた日本で、どうして淡水魚が王様になったのか?
話は簡単で、冷蔵技術の無かった時代、
海の魚を傷まないうちに運べる距離は、悲しいくらいに短かったのである。
そのため、海の魚は全日本的には流通せず、
川や池があれば、どこでも獲ることのできる「鯉」や「鮎」が、
重要視されたのである。
海の魚といえば、干物や塩蔵ものがほとんどで、
新鮮な生魚は、海辺に住むごく一部の人しか、
味わえなかったのである。
実際に、海に近い江戸や大阪では、新鮮な海の魚を使った料理が発達していたが、
海から遠い京都などでは、新鮮な魚といえばもっぱら淡水魚で、
海から運ばれてくる魚は、干物か塩蔵ものであった。
話を鯛に戻そう。
先に書いた通り、鯛は魚の王様である。
歴史上の人物で例えれば、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などなるであろう。
その首の価値は、まさに国ひとつに匹敵するといってもいい。
では、鯛の首の価値は?
100円である。
は、何言ってんの?
鯛だよ、魚の王様だよ?と、力んでみても仕方が無い。
スーパーで見つけた鯛の頭は、わずか100円であった。
鯛焼きだって、最近は120円はする。
王様の頭が、鯛焼きより安いのである。
戦国武将の首は三方にのせられ、丁重に扱われたというが、
鯛の首は白い食品トレーにのせられ、乱雑に積み重ねてあった。
それだけではない。
この王様の首は、まっぷたつに切り開かれているのである。
そのせいか目玉がとれかかっている。
実に哀れな姿であった。
しかしこの王様には、さらに悲劇が待っていた。
自分がスーパーの他のコーナーを見て回り、再び鮮魚コーナーに戻ると、
鯛の頭の入った食品トレーに、「半額」のシールが貼られていた。
王様の首の価値は、このわずかの時間のうちに半分に落ちてしまったのである。
つまり100円の半分で、50円。
ふと横を見ると、そこにはブリのアラがおかれていた。
いわゆる、「かま」と呼ばれるエラまわりの部分で、こちらは200円であった。
鯛が魚の王様だとしたら、ブリは大臣クラスであろう。
大臣は首まわりだけで、王の首の、倍の値段なのである。
まさに「下克上」という言葉が思い浮かぶ。
とりあえず、自分は素早く、半額になった鯛の頭をかごに入れたのである。
さて、鯛の頭を買ったのはいいが、どうやって食べるか?
こうしよう、という方針があって買ったわけではないので、
いざ食べるとなれば、調理法に迷う。
調べてみると、「兜焼き」と呼ばれる焼きものか、
「兜煮」と呼ばれる煮物がメジャーなようだ。
そういえば、家にある「美味しんぼ」で、鯛の頭が表紙の巻があった。
それを見つけて読んでみると、
「鯛の頭の南蛮仕立て」という料理が紹介されていた。
これは大雑把に言えば、鯛の頭をネギと一緒に蒸し焼きにし、
さらに焼き色をつけるためフライパンで焼き直し、
焼いたネギと一緒にカツオだしに浸し、上に白髪ネギをのせる、というものだ。
とりあえず、各所にネギが出てくる。
作中では、「どことなく洋風の味がする」から、
南蛮仕立てということになっていたが、これは作者の勘違いではないだろうか?
「なんばん」の回で言及したが、料理の名前に「南蛮」とつく場合は、
どこかに「ネギ」か「唐辛子」が使われていて、
それらを「南蛮」と呼んだために「~南蛮」という名前がついたのだ。
この料理の場合、各所にネギが使われているので、
この意味の「南蛮」ではないだろうか。
せっかくだからこれを真似してみるか、となったのだが、問題があった。
ネギがない。
さらに言えば、カツオダシをとるための鰹節もない。
しようがないので、ネギとカツオダシの部分をスルーして、作ることにした。
名付けて「鯛の頭の南蛮仕立て、南蛮抜きバージョン」である。
ワケがわからない。
とりあえず、鯛の頭に残っている鱗をとり、水できれいに洗う。
皿にのせて、裏表まんべんなく塩をふる。
そのまま20分ほど放置した後、ざるに入れてお湯をかける。
本来ならこの後、ネギで挟んで蒸し焼きにするのだが、
この部分はカットし、鯛の頭に塩・胡椒と小麦粉を振って、
そのままフライパンで蒸し焼きにした。
単純に考えれば、これはただの鯛の頭のムニエルである。
焼き上がった鯛の頭は、臭みもなく、誠に美味であった。
可食部分も多く、充分なボリュームがあった。
唯一の難点は、ほじくるようにして食べないといけないため、
食べるのに時間がかかることだが、自宅でゆっくり食べる分には
それほど問題でない。
50円という値段にしては、なかなかの味わいで、
さすが鯛だ、と感じさせられた。
「腐っても、鯛」という言葉が思い浮かんだ。
しかし、さすがに腐ったものは食べない方がいい。