実家に充分な広さの畑と、時間を持て余している老人がいる場合、
農作物の過生産が、深刻な問題になってくる。
うちの場合がまさにそれで、実家のまわりには、
山を削った広大な土地があったし、元気な婆さんがいた。
まわりの土地は、基本的にはただの手づかずの荒れ地なのだが、
かといって何もしないで放っておくと、たちまち草や木が生え、
ジャングルのようになってしまう。
だからまわりの荒れ地を畑として使いたい、と婆さんが言った時、
好きなだけ使ってくれていい、という話になった。
婆さんは、こつこつと開墾を続け、
気がつけば結構な広さの畑が出来上がっていた。
この婆さん、戦時中は山の斜面の緩やかな所に畑を作り、
せっせと農作物を生産し、4人の子供を育てた婆さんである。
そんな婆さんにとって、広いだけで平らな地面を開墾するなど、
朝飯前だったのかもしれない。
かくして、孫の自分たちも、この婆さんの作る野菜を食べて育つことになった。
今までに「イチゴ」や「スイカ」など、
過生産のため、苦行のごとく食べさせられたことを書いた。
何も過生産はイチゴとスイカに限ったことではなく、
ほぼ全ての農作物が過生産気味であった。
そんな過生産な作物のひとつに「トマト」があった。
夏ともなれば、それこそ何畝もあるトマトの木から、
連日トマトが溢れるように生産された。
結果として、毎日毎晩、おかずの中に生トマトがあった。
母親はあくまでも「トマトサラダ」である、と強く主張していたが、
所詮はくし切りにしたトマトが、大皿の上にこれでもかと盛られているだけだ。
少しでも変化を持たせるために、塩をかけていることもあったし、
醤油をかけることもあった。
マヨネーズのお世話にもなったし、トンカツソースをトマトにかけていたのは
我が家だけだっただろう。
しかしそれでも、過生産のトマトを消費しきれないことがあった。
そういう時、とれる手段は2つしか無い。
「トマトケチャップ」にするか、「トマトジュース」にするかである。
一番簡単な、ご近所さんに配るというのは、
まわりも全て農家であるために、全く使えなかった。
「トマトケチャップ」は、大鍋に1回作るともうダメだ。
それ以上、冷蔵庫の中にストックしておけないのだ。
だから、ほとんどの場合、「トマトジュース」という結論になるのであった。
カゴメやデルモンテなどは、トマトジュースでも有名なメーカーだ。
190ml缶入りのトマトジュースは、おなじみだ。
あの原材料の所を見ると、大体、トマトと食塩と印字してある。
中には、食塩無添加をうたっているトマトジュースもある。
飲んでみると、食塩が入っていても、入っていなくても、
トマトをすりつぶして搾った果汁(?)が出てくる。
濃厚ではあるが、トマトの味を凝縮したような液体が、のどを通り越していく。
そもそもトマトはいつごろから、ジュースにされていたのか?
これが意外に新しく、1923年のことである。
これは商品として発売された、ということなので、
それ以前にも各家庭でジュースに加工されていた可能性は、否定できない。
しかし、一応、1923年をトマトジュース元年として良さそうだ。
アメリカのリビー=マクニール&リビー社が製品化に成功したが、
当時のトマトジュースは、茶色かったという。
軽々に判断はできないが、トマトケチャップの色に近かったのではないか?
1929年、同社は圧縮製法を開発し、現在の赤いトマトジュースになった。
ちなみにケチャップの方は、トマトジュースに先駆けること100年以上前に、
すでに作り出されていた。
日本では1933年に、愛知トマト(後のカゴメ)が商品化した。
アメリカでの商品化から遅れること10年、
かなり早い段階で、トマトジュースは日本に知られていたらしい。
この世にトマトジュースが送り出されてから、
まだ100年とたっていないのである。
さて、我が家のトマトジュースの話に戻そう。
我が家のトマトジュースの作り方は、至ってシンプルで、
タネを取り除いたトマトの果肉を、ミキサーにかけるだけであった。
当然、ジュースというには、もったりしすぎた食感である。
しかも味付けが独特で、どういうわけか我が家のトマトジュースは甘かった。
「美味しんぼ」で、おいしいトマトを食べたキャラクターが、
「うそっ、果物のように甘いわ!」
と驚いていたが、これはそういうのとはちょっと違う。
味付けに塩ではなく、砂糖を使っていたからだ。
カゴメが、日本で一番最初に製品化したトマトジュースも、
砂糖で味付けしてあり、甘かったそうだが、
我が家のは甘くて、もったりとしていた。
恐らくは、子供は甘いものが好きという、単純極まりない理由から、
トマトジュースに砂糖を入れたのだと思う。
かくして、晩ご飯に山盛りの生トマトを食べた後、
食後の一杯ということで、ビールジョッキのような巨大なグラスで
もったりと甘~いトマトジュースを飲まされていたのだ。
何年か前、トマトジュースがダイエットに効くということで、
スーパーのジュース売り場から、トマトジュースが消えたことがあったが、
残念ながらトマトジュースに、実感できるほどのダイエット効果はないと思う。
まあ、あれだけ食べても特に太るようなこともなかったので、
太りにくい食材ではあるのかもしれないが。
野菜の過生産で、これでもかというほど野菜を食べさせてくれた婆さんだが、
実はまだ生きていて、もう年齢が3桁に届く。
つまり、婆さんはトマトジュース誕生以前から生きているわけだ。
これだけ聞くと、いかにも野菜が長生きの秘訣のように思えるが、
あれだけ野菜を作っていた婆さんは、かなりの野菜嫌いであった。
健康と野菜の間には、それほど深い関係はないのかもしれない。