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カミナリとへそ

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前回、カミナリについて書いた際、

カミナリが鳴ると、甥っ子がおなかを押さえて、

母親の元へ走っていった、という話を書いた。

その様子がなんとも微笑ましくて、ほっこりとした気分になった。

しかし冷静に考えてみれば、これはよくわからない話である。

自分も子供のころは、

「カミナリ様に、おへそをとられる」

という風に教えられた。

どういうことだろうか?

「へそ」というのは、腹の中央にある小さなくぼみだ。

へその緒のとれた跡である。

取り外しのきくものでもないので、これを「とる」といっても意味不明である。

一体どうして、このようなことが言われるようになったのか?

今回はその辺りのことについて、考えてみたい。

自分が子供のころ、絵本などに「カミナリ様」が載っていることがあった。

思い出してみると、その姿は「鬼」に酷似していた。

頭に角があり、身につけているのはトラ縞のパンツ一枚だ。

ここまでは「鬼」と全く一緒である。

「鬼」と違う所は、雲に乗っている所、

両手に太鼓のバチを持っている所、

背負った輪っかに複数の太鼓がついている所である。

絵本によれば、この背負った複数の太鼓を叩くことにより、

カミナリを起こしていた。

現在でも、子供の持っている「カミナリ様」のイメージというのは、

このタイプではないだろうか?

これが大人になってくると、イメージが変わってくる。

「カミナリ様」→「雷神」ということになってくる。

俵屋宗達の「風神雷神図」という、有名な絵がある。

これは金屏風に描かれた、「風神」と「雷神」の絵で、

日本人の持つ「風神」「雷神」のイメージは、これである。

ここに描かれている「風神」は、風邪薬のCMでも使われていて、

全身緑色のひげ面の鬼(?)が、白い袋だか、布だかを持っている。

それに対し「雷神」は、全身が白く、顔がどことなくブタのようにも見える。

口が大きく、耳はまるで獣のようである。

黒い羽衣状のものをまとい、手に小さな棒切れを握りしめている。

背中には輪っか状のものがあり、それに円盤のようなものがさしてある。

少なくとも、太鼓のようには見えない。

そして、そのむき出しのおなかを見てみると

ちょっと格好の悪いへそがついている。

絵本などに載っている「カミナリ様」は、この「雷神」をデフォルメして

描かれているようだ。

こいつが、へそを狙っているのである。

何のために「へそ」を狙ってくるのかは、不明である。

ひょっとしたら、自分の格好の悪いへそに、

コンプレックスがあるのかもしれない。

それにしても、なぜ、こんな俗信が生まれたのか?

そこには、何らかの意味があるはずである。

カミナリが鳴りはじめると、「へそをとられるから、へそを隠せ」といわれる。

甥っ子などは、それを律儀に守っておなかを押さえていたわけだが、

このポーズにどういう意味があるのか?

カミナリに撃たれないよう、頭を低くしてうずくまると、

おなかを押さえて、うずくまっているように見える。

ひょっとすると、へそを押さえて腹を抱え込ませることで、

カミナリに撃たれにくい姿勢を、とらせようとしたのではないか?

この格好をとっている限り、カミナリに撃たれる可能性はかなり低くなる。

江戸時代に書かれた随筆の中には、うつ伏せになっているとカミナリに撃たれず、

仰向けだとカミナリに撃たれる、と書いてあるものもある。

同じように身体を低くしていれば、

カミナリの落ちる確率は、どちらも変わらないはずなのだが、

近くに雷が落ちて、石などが飛んで来た場合、うつ伏せになっている方が、

安全なのではないかと思われる。

そういうことまで踏まえた上での、この格好ではないだろうか。

だとすれば、なかなか合理的だといえる。

別の説もある。

カミナリと一緒に、夕立がくれば気温が下がる。

その際、暑いときのように薄着でいては、子供がおなかを冷やしてしまう。

そのため、カミナリが鳴りはじめると、子供におなかを隠させ、

おなかを冷やすことを防ごうとしたのではないか?という説だ。

確かに大体の場合、激しい雨とセットでカミナリが落ちてくる。

激しい雨が降った後は、一気に気温が下がる。

その時、子供がおなかを冷やさないようにするのは、

意味のあることである。

さらに別の説がある。

実際にカミナリに撃たれた人の、

へその周辺のダメージが特にひどかったため、

こういう俗信が出来上がったというものだ。

常識的に考えた場合、へそのある腹の部分だけが、

特に焼け焦げるとも思えない。

また、カミナリに撃たれた場合、腹を押さえていたからといって、

そのダメージが軽減できるはずもない。

この説は、逆に俗説から無理矢理こじつけたような、違和感を感じる。

3つの説のうち、もっとも信憑性がない説だ。

子供というのは実に不思議なもので、「おへそをとられる」といえば、

これをとられまいと必死になって隠そうとする。

冷静に考えてみれば、へそがなくなったとしても、

特に困るようなことは起こらない。

もともと、人間が生きていく上で、必要なものではないのだ。

そんなものでも、やっぱり子供は守ろうとする。

そこには純粋な、防衛本能のごときモノを感じる。

それをうまく利用し、カミナリに撃たれないような格好をとらせる。

昔の親達は、あの手この手を考えて、子供達の安全を図っていたのだ。

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