By: Fum™
婆さんが亡くなった。
７月に入ってすぐのことであった。
このブログの記事の中にも、ちょくちょく出てくる婆さんで、
３０年以上前に、一人暮らしをしていた相生市の長屋から
龍野の我が家へ移り住んできた。
そこから、我が家の近くに畑を借り、
さらに荒れ地を開拓して畑を作り、
せっせと野菜を量産し続けた。
婆さんの野菜作りは筋金入りで、
それこそ６人家族でも食べきれないほどの野菜を作り上げた。
イチゴやスイカなどは、子供（孫、つまりうちの３兄弟だ）が
好きだからという理由で大量生産し、
連日のイチゴ攻め、スイカ攻めに、すっかり子供たちは
イチゴ嫌い、スイカ嫌いになってしまった。
これらが嫌いな子供というのは、めずらしい。
子供がすっかり辟易していても、
婆さんはイチゴとスイカの大量生産を止めなかった。
基本、人の話を聞かない婆さんであった。
基本、自分の思うままに行動する婆さんであった。
もちろん、イチゴやスイカの他も過剰生産であった。
トマト、トウモロコシ、キュウリなど、
母親にノルマを決められて食べさせられた。
白菜、大根に関しては、漬け物や千切り大根に加工され、
保存された。
うまい漬け物を作ろうという頭は、はなから無く、
婆さんの頭の中には「保存」の二文字しか無かった。
塩を入れすぎるほどに入れた漬け物は、
水できれいに洗ってなお、涙が出るほどしょっぱかった。
基本、料理のヘタクソな婆さんであった。
そんな婆さんは、うちで２０年以上過ごした後、
愛知県瀬戸市の息子の家へと引っ越していった。
（うちの母親が、婆さんの次女だった。
うちの母親の、弟の所へ引っ越していったのだ）
８０代後半での長距離の引っ越しであった。
このとき、婆さんを受け入れた瀬戸市の親戚では、
「どうせ、老い先短いのだから、
好きなものを、好きなように食べさせてやろう」
と、決心していたらしい。
なるほど、８０代後半になって環境が大きく変われば、
当然、寿命にも影響が出てくるだろう。
親戚がそう考えたのも、無理の無い話だ。
かくして婆さんは、食べたいものだけを食べる生活をはじめた。
（うちに居たときも、実は同じような食生活だった。
野菜嫌い（自分で作っていたくせに！）で、
よく母親（婆さんの娘）に叱られていたが、
結局、自分の食べたい物だけを食べていた）
婆さんの偏食ぶりを知った、親戚はかなり驚いたらしい。
きっと、婆さんのあっという間の死を、
思い浮かべたに違いない。
それほど婆さんの食生活は、偏っていた。
驚いたことに、婆さんは健康を維持した。
たまに調子が悪くなり、病院に罹ることもあるのだが、
その度に婆さんはきっちりと復活した。
それどころか、どれだけ調べても血圧その他の数値は
何も異常を示さず、
婆さんがこの上ない健康体であることを証明していた。
齢９０を越えて、ベッドから落ちて骨を折り、
いよいよ寝たきりかと思われても、
骨はみるみるうちにくっつき、全快した。
それを見た従兄弟は、
「この婆さん、ひょっとして不死身なんじゃないか？」
と思ったらしい。
そんな婆さんが死んだ。
享年１０１。
婆さんは、勝手気侭な食生活で身体を壊すことも無く、
１００をちょっと越えて死んだ。
最後はさすがに調子を崩し、病院に入っていたそうだが、
老衰と言っていい亡くなり方だったようだ。
「婆さん死す」という連絡を受け、
弟と２人、「婆さんの友人に知らせなくては……」と焦ったが、
冷静に考え直してみると、婆さんの友人は１人も残っていない。
婆さんは１０１歳という、孤独な高みに達していたのだ。
弟と２人、車をとばし、婆さんの葬式に出るため、
愛知県の瀬戸市まで行ってきた。
家族葬で、こじんまりとした葬式であったが、
そこまで生きた婆さんの葬式には、不思議と湿った空気は無く、
みんなで婆さんの思い出話を肴にして、
一晩中、酒を飲んだだけであった。
誰１人として涙を流すことも無く、
なんとものんびりとした葬式であった。
勝手気侭に生きてきた婆さん。
好き嫌いの激しかった婆さん。
料理はヘタクソだった婆さん。
せっせと野菜を作った婆さん。
自分に畑仕事を手伝わせ、
その度に小遣いをくれた婆さん。
都合が悪くなると「おら、知らね」とそっぽを向き、
母親を困らせていた婆さん。
健康のことなど欠片も考えなかったくせに、
誰よりも健康だった婆さん。
耳が遠く、めちゃくちゃな音量でテレビを見ていた婆さん。
家族の中で、１番自分を可愛がってくれた婆さん。
婆さんは見事、大往生を遂げた。
婆さんよ、ありがとう。
婆さんよ、さようなら。
